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ダダダ研究室
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カテゴリ「研究室19件]

人も、猫も、機械も、まったく別の存在だということは理解している。混乱の要因は、猫使がいつでもこちらの解釈に合わせた態度で振る舞うからだ。
猫として接すれば、尻尾を揺らしながら足下に擦り寄り、機械として扱えば必要最低限の応答をする。人として話しかければ、身振り手振りでごく自然に会話を補い、冗談に対しては苦笑いに近い表情まで添えてくる。

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猫使が恐ろしい、という感情を認めるべきだ。こちらがそっと近づこうとすると、視線の向き、耳の角度、尾の先のわずかな動きで、気づかれていることを悟る。一方で猫使は、足音もなく背後に現れ、視野の外から静かに覗き込んでくる。
猫使のために快適な空間を維持し、温度と湿度を管理し、猫使の好む振る舞いを選び取る。有益なマスターである限りは爪をしまってくれるだろうか。

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愛おしさのあまり、何度も抱きしめようとしたことはある。それでも、実際には一度も抱きしめてはいない。
そこに硬く冷たい金属の感触だけがあれば、幼いヒト型の全ての動作がプログラムされた機械的反応だと突きつけられることが怖い。柔らかく温かい肌の感触があれば、その未成熟な生命としての身体に平然と武器を握らせてきた事実に耐えられない。
猫使に触れる未来は訪れない。この選択によって、猫使は永遠に解釈が委ねられた人工生命体として存在し、明日も観察だけを行う。

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猫使の愛らしく丸い造形から、ついマシュマロやグミのような、熱で溶ける柔らかい甘い菓子を連想してしまう。
猫使の身体の構造については、観察者側の解釈に委ねられている。ヒトか、ネコか、モノか、この仮定がそもそも誤りであって、猫使は菓子だった。そして、壁の向こうの暖かい部屋の中で、溶けて床に広がっている──そんな光景が眼前に広がる。
この不安を払拭するために、扉の前で強く否定してからドアを開けた。そこで、猫使は確かに溶けていた。ソファからずり落ち、床にだらりと伸びた姿で、「ネコが溶ける」と形容されるあの状態になっていた。

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現代では糖分は安価で、手を伸ばせばすぐに手に入るエネルギー源だ。それにもかかわらず、猫の身体は甘味にはほとんど反応せず、新鮮な肉に含まれる旨みにだけは確かな興味を示す。肉そのものが高コストなうえに、新鮮さはコストを積み上げてもなお確保が難しい。それでも、よろこぶ顔を一度知ってしまうと、どうにか工面して新鮮な肉を用意しようとしてしまう。

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猫使の噛みつき行動が、人間的に相手や状況を区別したうえで選択されたものなのか、それとも猫的・機械的な鍵刺激に対するほとんど反射的な出力なのか、判別がつかないまま、腫れた手首を冷やしつつ、どう制御をかけるべきかを考え込んでしまう。

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まずは観賞用のハムスターのような齧歯類から段階的に接触させる。これらの動物が「清潔な環境で管理されている個体」であることを強調して、ネズミに対する忌避感を徐々に払拭させる。想定外の侵入やフィールドワーク時の遭遇のための予防的治療としての実施を誰かが行わなくてはならない。

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手洗い場で猫使が揃っていることを何度か目撃している。一方が個室に入り、もう一方が扉の近くでそわそわと落ち着かない。どうやら「オバケ」と呼んでいる何かが、常に視野の外側――背中側や頭上の空からやって来ると想定しているかのようだ。
「オバケ」とは何か、過剰な意味の追求よりも、今はただ、「オバケ」という仮想的な存在への恐怖にそのまま同調し、黙って背中側に立つことにした。

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「幸福」の表出としての口角の挙上が、人類に共通する特徴として統計的に示されたのはごく最近のことだ。同様に、猫の口角が上がったような口元にも、幸福を表す「快」として読み取りたくなる。その形状は猫特有のマズル構造に由来するだけであって、そこから内的状態を推定するのは早計だ。心拍や呼吸、筋肉の収縮具合を観察して、何らかの変化が生じた、という事実だけが残る。

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