感情状態によって汗や皮脂の成分が変化するという報告から想像するに、この漠然とした不安感も「丸見え」に違いない。結局のところ情報を漏らしているのは表情の方だが。
現代では糖分は安価で、手を伸ばせばすぐに手に入るエネルギー源だ。それにもかかわらず、猫の身体は甘味にはほとんど反応せず、新鮮な肉に含まれる旨みにだけは確かな興味を示す。肉そのものが高コストなうえに、新鮮さはコストを積み上げてもなお確保が難しい。それでも、よろこぶ顔を一度知ってしまうと、どうにか工面して新鮮な肉を用意しようとしてしまう。
猫使の噛みつき行動が、人間的に相手や状況を区別したうえで選択されたものなのか、それとも猫的・機械的な鍵刺激に対するほとんど反射的な出力なのか、判別がつかないまま、腫れた手首を冷やしつつ、どう制御をかけるべきかを考え込んでしまう。
まずは観賞用のハムスターのような齧歯類から段階的に接触させる。これらの動物が「清潔な環境で管理されている個体」であることを強調して、ネズミに対する忌避感を徐々に払拭させる。想定外の侵入やフィールドワーク時の遭遇のための予防的治療としての実施を誰かが行わなくてはならない。
手洗い場で猫使が揃っていることを何度か目撃している。一方が個室に入り、もう一方が扉の近くでそわそわと落ち着かない。どうやら「オバケ」と呼んでいる何かが、常に視野の外側――背中側や頭上の空からやって来ると想定しているかのようだ。
「オバケ」とは何か、過剰な意味の追求よりも、今はただ、「オバケ」という仮想的な存在への恐怖にそのまま同調し、黙って背中側に立つことにした。
「オバケ」とは何か、過剰な意味の追求よりも、今はただ、「オバケ」という仮想的な存在への恐怖にそのまま同調し、黙って背中側に立つことにした。
記録中は猫使の「かわいさ」によって交感神経が優位になる。心拍の上昇。早く、浅くなった呼吸。指先と手のひらににじむ発汗。自らその身体変化を実感しながら、これらを「かわいいことによる反応」と解釈して言語ゲームが成立するなら、全てを「かわいい」に置換して筆を置いた。
「幸福」の表出としての口角の挙上が、人類に共通する特徴として統計的に示されたのはごく最近のことだ。同様に、猫の口角が上がったような口元にも、幸福を表す「快」として読み取りたくなる。その形状は猫特有のマズル構造に由来するだけであって、そこから内的状態を推定するのは早計だ。心拍や呼吸、筋肉の収縮具合を観察して、何らかの変化が生じた、という事実だけが残る。
ショッピングモールにやってきた。猫使のための日用雑貨を選び、気晴らしにゲームコーナーへも向かう。無数の光と音の中ではしゃぐ猫使の姿は、その場だけ切り取れば人間の子供とほとんど変わらず、ただ純粋に微笑ましい。気分転換に来たはずが、気づけば観察記録になっている。
階段を前にした猫使は、ためらいもなく二段飛ばしで駆け上がり、踊り場から身を乗り出して辺りを観察している。その猫的な跳躍力を目の当たりにして、この「キャットタワー」で鈍くさい猫が自分1匹だけだと一段ずつ階段を登りながらため息をついた。
ふいに天井近くに取り付けられた監視カメラの存在に気づく。踊り場の猫使と、天井の監視カメラを同時に視界に入れた時、背筋に寒気を感じる。それは猫使の瞳が無機質に感じたからか、それとも、カメラレンズに生物のような視線を感じたからかーー
楽しいお出かけに水を差さないよう、ひとまず猫使と遊ぶことに意識を集中させることにした。のろのろと息を切らせながら階段を上がっていく。
階段を前にした猫使は、ためらいもなく二段飛ばしで駆け上がり、踊り場から身を乗り出して辺りを観察している。その猫的な跳躍力を目の当たりにして、この「キャットタワー」で鈍くさい猫が自分1匹だけだと一段ずつ階段を登りながらため息をついた。
ふいに天井近くに取り付けられた監視カメラの存在に気づく。踊り場の猫使と、天井の監視カメラを同時に視界に入れた時、背筋に寒気を感じる。それは猫使の瞳が無機質に感じたからか、それとも、カメラレンズに生物のような視線を感じたからかーー
楽しいお出かけに水を差さないよう、ひとまず猫使と遊ぶことに意識を集中させることにした。のろのろと息を切らせながら階段を上がっていく。

